しばらくすると外から人々の声が聞こえ、
またしばらくすると馬車は静かに止まった。
コンコンと扉が叩かれ中年の御者が姿を現した。
「姫さま。
今夜はこの街の、この宿に泊まります」
御者は指で指し示して話す。
セシリアは馬車から顔を出し、宿を見た。
"王族御用達"といった仰々しい宿ではなく
メインストリートにある小さな宿だ。
「大丈夫なのですか?
万が一セシリアさまに危険が及んでは…」
アビーの不安げな声に、
御者は「はははっ」と笑った。
「ご心配なく。そこらの牢獄より、警備はしっかりしてますよ。
あぁ、それから。
私たちはただの旅の者ということに。
「姫」は民に姿を見せてはいけませんからね」
着ているものも平民と変わりありませんし、と笑った。
確かに。
私は普通のワンピースを着ているし、メイドや御者の服装だっていつもより質素だ。
馬車を近くに置いてから、彼らは宿へと向かう。
「よいですか、セシリアさま。決して名を明かしてはいけませんよ」
何度目かのアビーの忠告に、セシリアは呆れたように答える。
「分かってるわ」
「本当に、決して、ですよ。私は城に帰るまで、国王さまにセシリアさまを頼まれているのです」
必要以上に気負っているらしい。
「アビー」
セシリアはアビーの手を握った。
「約束するわ。絶対に迷惑はかけない。
私を信じて」
ね、と微笑む。
その笑みが天使にも、悪魔にも見えてしまうのは、決してアビーの気のせいではないだろう。
