「出かけてくる」

「行ってらっしゃいませ」

弘子は視線をテレビドラマにおいたまま振り返らずに即答した。

万事がこんな調子である。何処へ行くのとか、帰りは何時になるとか仲埜は聞かれた事がなかった。



(こんな時間から出かけるなんて不審に思わないのか)

自分のやましい気持ちを抑えるように妻に対する不満が胸を占める。

時計の針は夜の10時を過ぎているのだ。
病院から呼び出しの電話があった訳でもない、友人からの誘いもない。このまま朝帰りになっても弘子は何も言わないだろう。

そればかりか昼時までは朝食の用意を、そして夕方までは昼食の用意をして黙って待っているのだ。