「なーんだ、よかった」

「っ、」

「じゃあさ、とりあえずお友達からってことで!」


可愛い人だな、と思った。

電車の中から見ていた彼は、その切れ長な目元と風に揺れる金糸の髪から少し怖い印象だったのに。

差し出された手に私のそれを重ねて握手すると、彼はまたにっこりと八重歯をみせてくれた。


「一瀬 燈(とう)ってゆーの。よろしく」

「藤波 緋(あけ)、です」


いつもはつまらない通学路が、彼といるだけでこんなにキラキラして見える。

なんでもないコンクリートが続く道。

チリチリとタイヤが回る音と二人分の足音が澄んだ空気を揺らしていた。


「“あけ”ってさ、どーやって書くの?」

「えっと、糸偏に“非”。あの、うじゃうじゃーっとしたやつ」

「うじゃうじゃ?あー、あれだ!“悲しい”の上のやつ!」

「そう、それ!」

「へー、難しいね」

「じゃあ、“とう”ってどう書くの?」

「火偏に“登る”」

「へー、かっこいいね」


コツコツとゆっくり足を進めながら、私達はその日、今までの時間を埋めるように自分のことを話した。

誕生日はいつだとか、血液型とか、趣味、特技、今ハマってるテレビの話。

いつもは長い長い10分のはずなのに、気づいたら本当にあっという間に校門の前まで来ていて。


「俺、校舎あっちだから」


彼が指差したのは理数コースの別棟で。

だから見かけなかったんだって納得。


「ねぇ、緋、」

「んー?」

「今日さ、一緒に帰らない?」

「っえ、あ、うん!」


お互いの携帯を向かい合わせて、アドレスを飛ばしてから別れた。

なんだか夢の中にでもいるみたいにふわふわと足が弾んで仕方ない。

これが恋なのかもしれないな、と、そんな風に思ったら途端に顔が熱くなってきて。


「うわー、」


誰もいない廊下に立ち止まって冷えた壁に背中から凭れた。



END.



【憧れの君】
(電車から見てるだけじゃたりない)