生憎、私の視力は0.1を切っていて。

小さく言葉を溢したその人が誰なのか、この滲んだ視界じゃ確認するのは困難だった。


「沙希さん、傘持ってますか?」

「......やま、した?」

「あ、はい。脅かしちゃってすみません」


近づいてきてようやく、その影がよく知る男の子のものと一致して緊張が解けた。


「もー、アホ」

「いてっ」


パシッと目の前に来た山下の薄いお腹にパンチを食らわせて脱力。

実はおばけとかの類いが一番苦手なんだよー。驚かせんなよー。

なんて恥ずかしくて言えないけど。


「なにしてんの、」


こんな時間にこんなところに突っ立って、本当になにやってんのよ。


「帰ってたら急に降ってきたんで、沙希さんが傘持ってるか気になって戻ってきちゃいました」

「......きちゃいました、って」

「やっぱり持ってないんでしょ?」


帰りましょーなんて呑気に言いながらさも当然のように私の手を取った山下。


「てゆか、1本しかないの?」

「うん」

「あんた濡れて帰れば?」

「いやですよーだ」


楽しそうに嬉しそうに笑うから、握られた手を振り払うこともできなくて。

仕方なく結局今日もこいつのペースに流されてしまう。


「私の家に着くまでに止んだらケーキ奢ってよ。お腹空いた」

「どんなわがままですか!」

「あ、小降りになってきた」

「うー、給料日前なのにっ」


雨が止んでももう少しだけこいつと一緒にいたいなんて思っちゃった私は、もう相当毒されてしまっているみたいだ。



【雨、のち】
(虹が見えたら素直になろうか)