「全部知ってたら面白くないよ」

「いやいや、名前は一番隠しちゃいけないでしょ」


彼は笑う。

悔しいから、私も教えてあげない。



彼は私を「サクラさん」って呼ぶ。

私は彼を「キミ」って呼ぶ。


連絡先も、住んでるところも知らない。

聞いたら教えてくれただろうけど、なんとなく、それはしなかった。

平日のたった30分、暇な時間を共有するだけの関係。

とても不思議な、彼との繋がり。





「ピアス、開けないの?」


脈絡のない話題転換はいつものこと。

彼が持ってきたお気に入りだと言うバンドの歌詞カードから視線を移すと、4人掛けの向かいに座るその子の手がごく自然に私の耳に触れた。


「痛いの嫌いなの」

「ふーん」


聞いたわりに興味無さそうな返事。


「もう、桜はつけないの?」


そう言いながら私の耳から拐っていく。


「そんなに気に入ってたの?」

「だって、あれのおかげで仲良くなれたんじゃん」

「そうだけど」

「俺とサクラさんの最初の出逢い」

「あの時のキミは本当に怖かったよ」

「仕方ないじゃん、緊張してたんだもん」

「なんで?」

「さぁ、なんででしょう?」


コロコロ、手の中で私のイヤリングを転がしながら微笑う。

そんな彼の笑顔に、心臓が きゅん と音を鳴らした。


ほんの数秒、呼吸ができなくなる感覚。