空席の椅子に座ると、左右に座っている患者が様子を窺うような仕草をした。
先程の行動を見て、危ない人と思われたらしい。
黒川の反応に違和感が気になり目を閉じた。
大人げない………
そう自分に言い聞かせた。

保険が降りない状況だけが頭に浮かんだ。
通院にはお金が掛る。
それも莫大な金額だ。
病院に通う度に、高額な診察代と薬代を払い続けなければならない。
それに会社に連絡するべきだろうか。
それはまずいだろう。
解雇される恐れがあった。
仕事一筋、会社のために働き続けて利益を上げても、用が済めば捨てられる。
これは社会の悪いシステムだ。
だが、そうしなければ会社は継続できない。
考えれば、考える程、結果は悪い状況に運ぶ。

黒川は頭を抱えた。
会社に報告するべきか、そうしないべきか。
どちらを選べばいいのだろう。
もし、報告せずに会社を続ければ、問題が起きた時に自分の病気が原因となる。
でも、言えば解雇の恐れがある。
働かなければ入院どころか通院のお金がない。
黒川の姿勢は徐々に悪くなっていく。
もうすぐ膝とお腹が重なるように………

「232のお客様。受付までお越しください」

アナウンスが待合室に響いた。黒川は姿勢を正し、自分の番号だと確認した。
ポケットに閉まったカードには『232』と書かれている。
診察代など払いたくないが、払わなえれば、いつまでもここに居座ることになる。
仕方なく、受付の方へ行くことにした。
椅子から立ち上がり、鞄を持って受付へ向かう。
歩きながら、視線を感じた。

誰だ………

視線のする方を見ると、警備員が黒川を見ていた。
倒れた場合、または暴れた場合に備えて待機しているようだ。
別にそんなことはしない。
そうする必要がないからだ。
黒川は鼻で笑った。