「くそっ………」

受話器を乱暴に戻した。
その勢いで、公衆電話に乗せた小銭が地面に散らばった。

「ふざけやがって」

黒川は小銭を拾おうとはしなかった。
一人の警備員が「大丈夫ですか」と話しかけてくる。
「うるさい」とは言えず、だからと言って何も言いたくない。
医師達は散らばった小銭を集めている。

黒川は両手で頭を抑えた。
この行動は黒川の癖だ。
厳しい状況や予想を裏切られた時などにする。
限界を示す表現の一つだ。

「頭痛ですか」

小銭を拾い集め、黒川の様子がおかしいと感じたのだろう。
親切な対応をした。
「地面に座りますか」とか「担当医師の名前は」とかを聞いてきた。
しばらくして、両手を頭から離した。
首を回し、深呼吸をした。

「もう大丈夫です。
ありがとうございます」

自分を取り戻した黒川は明るい口調で言った。

「そうですか」

医師はほっとしたような表情をして見せた。

「どうぞ」

黒川に右手を差し出した。
そこには、公衆電話から落ちた小銭を持っている。

「ありがとうございます」

一礼して、小銭を受け取った。

「本当に大丈夫ですので…………
心配をおかけしました」

そういうと、待合室の椅子に向かった。
このとき、表情は穏やかだが、内心は腹立っていた。