ボタンを押し終わると、呼び出し音が鳴り、テレホンサービスセンターに繋がった。

『お電話いただきありがとうございます。
こちら渡り鳥保険です。
担当は私、田中が受けます』

元気の良い声が受話器から流れた。

「私はそちらの保険に加入している黒川セイジという者です。
保険を使おうと思い、お電話させていただきました」

黒川はがん保険に入っていた。
いずれはがんになると思えたからだ。
喫煙歴は30年以上のベテランだ。
突然、肺がんと宣告を受けても冷静だったのはこうなることが起こると予測していたからだ。

『がん保険ですね。
それは入院の費用でしょうか。
それとも通院でしょうか』

マニュアル通りの対応だ。

「通院で」

即答した。
会社を続けなければ、生活が危うい。
ましてや、54歳。定年まで残りわずかだ。
働いた分の退職金は受け取りたかった。

『恐れ入りますが、お客様の保険は通院が適用されていません」

「はっ………
ふざけたことを言うな。
私はおたくの保険を払っているんだぞ」

予想していない回答に、戸惑いを隠せなかった。

『ですから、お客様が加入している保険は入院前提です』

黒川は受話器を持たない右手を公衆電話に置き、ピアノを弾くように指を動かした。

「それじゃあ、通院のための保険は降りないと………
そう言いたいのか」

怒鳴り口調で話した。周りのことなど知るか。
保険が降りなければ、どれだけのお金がかかると思っているんだ。
そのために、払いたくもない保険に入ったのに、降りないだと………

『はい』

田中というオペレータの女性は明るい口調で答えた。
冷静になれ………
黒川は自分に言い聞かせた。