無理もないか。
煙草の箱には『喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます』と書かれている。
患者の健康と治療を仕事にするのが医者だ。
煙草を吸うわけがない。
聞いたのは、話をするためだった。
本題に入るには、準備をするためだ。
心の準備、すなわち『死』を受け入れる器を作るための………

「黒川さん。
これから話す事をよく聞いてください。
いいですね」

西沢先生は両手を組み、本題に入ろうとした。
しかし、黒川はその言葉と行動が気に食わなかった。
『何が………』と言われると、明白な答えはない。
ただ、会って数時間しか経っていない医者から、『あなたは死ぬんですよ』と言われるのが嫌だったからだろう。
それが医者の仕事なのだから仕方がないのかもしれない。
それでも、黒川の人生を知らず、死ぬことだけを宣言されるのは虫唾が走った。

「先生は何歳ですか」

ふいに話したことで、西沢はすぐには答えなかった。
きっと、頭の中では『肺がん』・『治療法』・『寿命』などの単語を浮かべていたのだろう。

「30です」

「奇遇ですね。私は54です。
ってことは『へび座』ですね」

十二支の一つを強調して話した。
別に深い意味はない。
ようは、相手との接点を見つけることで、親近感を作ろうとした。

「そうです。
………黒川さん。
いいかげん、ふざけるのはやめてください」

西沢先生の両手が震えている。
イライラしている証拠だろう。
貧乏揺すりが足に出ていないだけマシだが………

「黒川さん。私は―――」

黒川は西沢先生の話が始まると、席から立った。
我慢の限界だったからだ。
荷物置き場のために用意されたカゴに置かれた鞄を持ち、診療所から出ようとした。