言葉を交わしたことも、目が合ったことも、一度だってなかったけれど。
ほんとはちゃんと名前を言えるかさえ自信がなかった、けれど。
だからこそ、その姿にくぎづけになってしまったのかなって、なんとなく思う。
だからこそ知りたくなっちゃったんだろうなって、なんとなくわかる。
不毛な気持ちが生まれてしまわないように自転車かっとばして向かい風をびゅんびゅん受けながら帰ったけど、その時点でもはや手遅れだって。
そんなことくらい、誰に教えてもらわなくても重々承知だった。
彼は隣のクラスの地味ボーイ・ふかやくん。(たぶん漢字は『深谷』)
わたしはふかやくんのことをよく知らない。
べつにわたしに限らず、学年のほとんどの人が彼について詳しくないと思う。
ふかやくんはぜんぜんしゃべらない。
ふかやくんはめったに笑わない。
ふかやくんは誰ともつるまない。
そんなふかやくんは、校舎の中にいるとツチノコみたいで、なかなかその姿を捕らえることはむずかしい。
まあ、彼をそこまで気にかけている人のほうが少ないと思うけど。
こないだなんか、ふかやくんが学校休んでるってこと、クラス全員が放課後になるまで気がつかなかったらしいし……。
ふかやくんの姿を確認するにはグラウンドに出るのがいちばん手っ取り早い。
朝はみんなよりすこし早く登校して、放課後はみんなよりずいぶん居残って、彼は必ず走っているから。



