一生のうちに着れないほどのドレスを持つという話しの村長の娘ですら、そんな特殊な布地のドレスは持っていないはずだ。
 
 その透けるほどに薄く軽やかな布地をまとった少女は、肌寒くなりつつある初秋の気候でも少しも寒そうではなかった。

布自体が温かみを持つ……そんな印象だ。
 
 このような不思議な衣服を身にまとう少女もまた、輪をかけて不可思議な存在感を放つ。

 肩までの長さできれいに切りそろえられた真っ直ぐな髪は、つやを消したブロンズ色。

 瞳は澄み切った湖面と同じく緑青色。
 
 この世界にどれほど多くの人がいようとも、少女と同じ髪の色、瞳の色を持つ人間を見つける事は出来ないだろう。

 それほどまでに不思議な色を持つ少女。

 
 だが、得体の知れない少女だというのに少しも異様さはない。

 穏やかで優しく、まるで春の日差しを思わせる雰囲気をかもしだしている。




 ただどうも様子がおかしい。

 大樹の幹に背中を預けたまま、身動き一つしない。

 パッチリと愛らしく、大きな瞳は漠然と宙を捉え、愛らしい口元は言葉一つ紡がない。

 

 意識はある。

 しかし自分が置かれている状況をまったく理解できておらず、呆然とはるか遠くの紅葉した山並みを見ている。
 
 『見ている』とは言っても燃えるように鮮やかな山々の映像は少女の心には届いてはおらず、ただそちら方向に顔を向けているだけということだ。