しばらく黙った後、佐奈ちゃんは「違うよ」と言った。
さっきみたいな、ふざけた声のトーンではなかった。
「うちらが…中学生の頃。うち、エスカレーターだから、芹梨とは小学生の頃から一緒なんだよね」
青女と言えば有名なエスカレーター女子高だ。佐奈ちゃんが言った『中学生の頃』という言葉を、脳裏でもう一度繰り返す。
それまでは、芹梨は。
「それまでは普通に聞こえてたし、話せてたんだけどね。中三の頃かな。耳が聞こえにくいって言い出して…多分、芹梨も芹梨の周りも特に気にもとめてなかったんだよね。そしたら芹梨、事故にあって」
事故。心臓が、どくんと嫌な跳ね方をした。
「事故って…」
「大きな事故じゃなかったんだけどね。車との接触事故。車が来てるの、気付かなかったんだって。それで、ちょっとだけ入院することになって…退院した時は、もう芹梨の耳は聞こえてなかった」
佐奈ちゃんの口で紡がれる、芹梨の過去。
一気に音のない世界に連れていかれた芹梨の気持ちを考えても、到底わかるものではない。



