僕のミューズ


長い足を伸ばして座り、狭い夜空を見上げている。
手には恐らく近くの自販機で買ったのであろう、ココアを持っていた。

その口元から吐き出される白い息が、居酒屋の密集したこもった空気を浄化させているみたいだった。


「芹梨」


呼んでみたものの、芹梨の顔はこっちを向かない。

芹梨は変わらず、綺麗な横顔を見せていた。

俺はもう一度、彼女を呼んだ。


「芹梨」


声の大きさは変えていない。
変えたからと言って、何が変わるわけでもないんだけど。

芹梨はひとつ瞬きをして、ゆっくりと俺の方を向いた。

それが俺の心臓を、加速させる。

その大きな瞳が俺を捉えるのにそう時間はかからず、芹梨は俺を見つけ、少しだけ目を丸くした。

そんな芹梨に俺は微笑み、近付く。


「どうしたの?」


そう問うと、益々芹梨は目を丸くして、手のひらを動かした。

読み取りたかったけど、何となく、ニュアンスしかわからない。

そんな俺に気付いたのか、芹梨は鞄から手帳を取り出して、可愛らしいピンクのペンで書いた。


『そっちこそ、どうしたの?』

「ん?芹梨探しに来た」

『じゃなくて、』