そう思うが早く、俺は本屋で二冊程手話の本を購入した。
初心者向けの、挨拶や日常会話が載っているもの。
最初は知らない言葉を吸収する事が楽しかったが、紺の言う通り、時期にそれが中学生の英語の教科書の様に思えてきた。
俺が芹梨と話したいこと。
きっとたくさんあるはずなのに、それを伝える言葉を探せない。
今まで何とも思っていなかった『伝える』手段。それが今、俺の前に立ちはだかっているのだ。
ラウンジを出て、校舎の中を歩く。
講義が始まったからか、中途半端な昼過ぎの時間だからか、人は閑散としていた。
俺は不意にあの日の芹梨を思い出す。
公園の片隅、綺麗にしたばかりの爪をキラキラさせて、芹梨が紡ぎだした言葉。
「ありがとう…だよな」
記憶の中に思い浮かべる芹梨の手話を真似る。
それはまだぎこちないものの、決して忘れることのない言葉。
『ありがとう』と、『ごめんね』。
俺があの日、一番最初に覚えた手話。
それはどんなに手話の本を読み込んで勉強した他の言葉よりも、鮮明に、はっきりと、俺の脳裏に染み込んでいた。



