「芹梨ちゃんは、お前との世界を拒んだか?今拒んでるのは…俺から見たら、遥だけに見えるけど」
「まあ、そんな簡単な話じゃないとは思うけどな」、紺らしくそう笑ってその場を和ませて、いつもの優しい表情で俺を見た。
「プロの世界には敵わないよ。でも、遥は遥だけの誰にも負けないもの、作れると思うけどね」
…俺だけの、誰にも負けないもの。
紺の言う意味はわかる。
頭ではわかるけど、どうしてもそれを受け入れる事ができない。
頭の中に、ずっとあの日の芹梨と俺がいて、俺の気持ちにもやをかけさせるんだ。
「…120円、今度返すわ」
俺はそれだけを言って、立ち上がった。
まだ残っている缶コーヒーを一気に飲み干す。
コーヒー特有の後味が、今は不味くて仕方がない。
まだ何か言いたそうだったが、それ以上紺は何も言わなかった。
俺はそのまま非常階段を降りていく。
耳に響く自分の足音が、嫌になる程脳内にハウリングする。
一段降りる度に、ひとつ何かを落としていく様な、そんな錯覚に陥った。



