僕のミューズ


そう言うと、いつもの紺より随分真面目な声で、「なあ、遥」と呟いた。
俺は思わず顔を上げる。

「お前の言う通りかもしれない。俺たちのショーはプロから見たら所詮お遊びで、芹梨ちゃんが今足を踏み入れてる世界は、少なくともプロの世界だ。それはまがいもない事実だし、彼女の今いる世界よりすごいものを俺たちが作ろうたって…無理な話だと思う」

紺から改めて告げられた現実に、俺は小さく下唇を噛んだ。
そうだ。
こうやって少しずつ、芹梨と俺の世界は変わっていくんだ。

「でもさ、」

そんな俺に、紺は諭す様に続けた。

「人の世界って、ひとつじゃないだろ。家族といるとき、友達といるとき、恋人といるとき…それぞれ違う自分がいる事だってあるし、それぞれの世界があって当たり前だと思う。要は…自分が必要な世界か、そうじゃないかの問題でさ」

手元でくるりと空き缶を回して、紺は真剣に言う。