僕のミューズ


あの頃…と表現する程時間はたっていない。

いないはずなのに、あの頃の俺とは確実に違う俺がいる。


一人の女に絞ることはあまりしなかった。

誰とも真剣に付き合っているつもりもなかった。


思えば、誰の事も本気で好きにはなっていなかったのかもしれない。


目を閉じる。
瞼の裏に今浮かぶのは、たった一人の女の子。


黒髪の綺麗な、声を知らない、あの子だけ。


「遥?」


あかりの声で、目を開ける。

一瞬眠ってしまっていたのか。

ベッドの横には、いつの間にか髪を乾かしたあかりが立っていた。


巻いていない髪はストレートに伸びている。

メイクを完全に落とした無防備な顔は、あの頃よくベッドで見ていたそれと同じだった。


「寝てたの?」
「…一瞬」
「シャワー浴びたら?」

「ん」、と軽く言い、もう一度目を閉じる。

走ったからか一度横になったからか、むしろ、最近ショーの準備であまり寝ていないからか。
ゆるやかな倦怠感が体を襲っていた。

眠気がゆっくりと体を侵食していく。

それを止めたのは、ベッドのスプリングが軋む音だった。