この世界は残酷なほど美しい



見たくないのなら置いて行けば良かったのに。
でもそれはしたくなかった。
どうしてか置いて行きたくはなかったのだ。


行き来た道を辿り歩いていく。そして電車に乗って僕の帰りを待つ人のいない家に向かった。

家に着いたのは夕方になる頃だった。



「ただいま」と言っても当然の如く返事はない。
そんな寂しさにももう慣れてきている。
慣れたくないと思っているのに、誰もいない日々が続くと慣れてしまうのだ。
今ではあまり「ただいま」とは言わない。
だけど今日は何か言いたくなった。


靴を脱ぎ捨て母さんの部屋に向かう。
母さんの部屋は爺ちゃん家の父さんの部屋のように時間が止まったままだった。
母さんの時間はあの日以来動いていない。
ベッドから母さんの香りがするんじゃないかと思い何度も鼻を枕に当てた。

だけど香るのは柔軟剤の匂いだけだった。