「お兄ちゃん。口の中に、白いものが出来たよ」
 夕食後、桃子がポツリと言った。
「どれ、見せてみ」
 誠治はすぐに反応した。
「ほら、下唇の裏。小さいけど」
「桃子、口内炎だな」
「口内炎なの」
「桃子は幸せなんだよ。お兄ちゃんは、一年の半分以上を、口内炎との戦いに費やしている」
「なんか自慢してませんか」
「歴戦の勇者だ」
「今もあるの」
「安息日だ」
「じゃ、ないのね」
「また、出来る」
「出来てほしいの」
「複雑なお兄ちゃんの気持ちを、分かってほしい」
「複雑なんだ」
「そう、複雑なのさ」
「どうでもいいけど、痛いんだって。何とかならないかしら」
「放っておいても、長くて二週間ぐらいで治るよ」
「二週間も?」
「そうさ。問題あるのか」
「大アリよ!」
 桃子は兄の講釈に付き合っていたが、ようやく声を荒げた。
「何で?」
「何でもよ」
「どうして?」
「どうしてもなの!」
「お兄ちゃんに話せないことなのか」
「お兄ちゃん、受験勉強で忙しいでしょう。だから……」
「大切な妹の話だ」
「興味本意じゃない?」
「兄として、心して聞くよ」
「実はお兄ちゃんにしか、話せなかったんだ」
 桃子はそこまで話すと、うつ向き加減になった。