誠治は一人で勉強を始めた。
 たまたまだが、今夜は母親も町内会の主婦たちで集うオペラを見る会だそうで、誠治は家にひとり取り残される形になった。

 静けさの中で過ごすこと自体、誠治には慣れないことであった。
 捗(はかど)る筈の受験勉強が、全く捗らなかった。
 誠治はテレビを付けた。
 面白くもないバラエティ番組で、テレビの中から耳障りな笑い声ばかりが聞こえた。
 誠治は音量を消して、テレビを見た。
 静けさの中で、時間が止まったかのような、錯覚に落ちた。
 慌ただしく過ぎた筈の時間が、今はとてつもなく、流れが遅かった。

 今頃、桃子は麻婆豆腐を作っているだろうか。
 美味しく作れたのであろうか。
 粒山椒を粗挽いて、忘れずに入れたのだろうか。
 二人とも、口内炎は染みてはいないだろうか。
 楽しく、やっているのだろうか。

 想いが誠治を駆け巡った。
 しかし、とにもかくにも、誠治は腹が減った。
 台所へ行ったが、冷蔵庫を開けても、戸棚を開けても何もない。
 仕方なく、即席麺でも食べようと、湯を沸かそうとヤカンに水を入れた時、何やら玄関が騒がしくなった。