誠治が家に帰ると、桃子が玄関で帰りを待っていた。
「どうしたんだ、桃子」
「お兄ちゃんゴメンね」
「どうした?」
「昨日の夜、遅くまで勉強してたね」
「受験生だから」
「桃子の話を聞いて、貴重な時間を奪っちゃって、ご免なさい」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって」
「兄ちゃんは靴を脱ぐ」
「うん」
 桃子は誠治の語気が強まった事に気付いた。
「兄ちゃんの貴重な時間って何だ?」
「うん」
「お前の相談に乗ることに使ったらおかしいか」
「ううん」
「妹の悩みを聞くことが、兄ちゃんには、受験なんかより、ずっと大切なんだよ」
 やはり、兄はどこまでも優しかった。桃子は叱られて、嬉しかった。

「お兄ちゃん、言われたもの、買って来たよ」
「そうか、買って来たか」
「夕食後、口内炎、治してよね」
「承った」
「普通に言ってよ」
「了解したでござる」
 誠治はそう言うと、自分の部屋へ向かった。桃子は鏡で、自分の口内炎を見た。少し大きくなっていた。直径2ミリはありそうだった。
 触れると痺れるように痛い。涙が絞り出されるような、感覚だった。