あたしの心臓は一瞬凍り付いたみたいだった。

 ―冗談は求めてないんだけど。

 ―冗談じゃない。あの女はもういない。

 ―おかあさまが?

 あたしは急いでツバメの瞳を覗きこむ。ツバメの綺麗な瞳は、とても真剣だった。

 ―本当なの。

 ツバメは黙って、腕をあげた。細いけど、筋肉のついた腕には、懐かしい、おかあさまのサバイバルナイフの傷痕が、ついているのだった。

 あたしは信じられなくて、しばらく瞬きを繰り返していたけれど、やがてゆっくりと理解がやってきて、ツバメのあの、凶悪に輝くスティレットを思い出して、あたしは、あたしは、

 …脳が壊れるんじゃないかっていうくらい、悲鳴を上げた。


†††


 気が付いたら、あたしはひとり走っていた。

 ツバメを突き飛ばした気がする。きっと大したことにはなっていないけど、ああ、ツバメ、ごめんなさい。だけど、あなたは、

 …あたしのおかあさまを。

 あたしは泣いてみる。人目も憚らず泣いてみる。

 だけれど、気持ちの整理なんか付くはずがない。

 誰かが声をかける。あたしに手を触れる。あたしはそれが何であるかもよく考えずにすり抜けて、夜の街をゆらゆら泳ぎまわった。

 力尽きて、きらきら輝く赤やおれんじや緑の光の前であたしは倒れ、胎児のように丸まってゆるゆると瞼を閉じた。