あたしは早く帰りたかったのに、蝦蟇夫人はそれを許さなかった。

 あたしは何日も蝦蟇の家の囚われ人だった。

 蝦蟇夫人は奇妙な服をあたしに与えて、着ろという。あなたの服装は異常だわ、そんなお人形さんみたいな。

 あたしは異常だとか正常だとかどうでもよかった。

 あたしにとって正常なのはあたし自身。この、ふわふわひらひらふくらんだフリルのドレス。蝦蟇夫人の『正常』なんか関係ない。

 だけど、ねえ…蝦蟇の家に囚われて、『正常』なお洋服を着るのが自由なら、そんな自由いらない。あのおかあさまのお庭に戻りたい。

 嘘でも冗談でも、遠くにいきたいなんて言ったから罰が当たったのかしら。ツバメの煙草に憧れたからかしら。


 泣いてばかりいるあたしの手を、蝦蟇息子がきゅっと握った。

 僕がいるから、と不器用に言う。いらないわ、とあたしは少しばかり意地悪なことを考えながら動かない。

 かれは焦れたようにあたしの肩を抱く。―知らない、匂いがした。

 知らない匂い、でも、ツバメのとは違って酸っぱいみたいな。

 あたしは、かれがあたしに何かを期待していることを感じて震えあがった。ただただおそろしかった。顔を背けて目を閉じた。

 頬に手をかけられた瞬間、あたしは蝦蟇息子を突き飛ばした。

 蝦蟇息子は意外なほどに吹っ飛んで、壁にしたたかに頭を打ち付け、ぐえっ、なんて、それこそカエルみたいな声をあげて、動かなくなった。