…あたしはもう、おかあさまのお庭には戻れない。


 次の瞬間、あたしは、バタフライナイフを地面に突き立てた。

 ツバメの首に腕を回して、ナイフの代わりに唇を押し付けた。

 懐かしい、煙草の匂い。

 ツバメは驚いたように目を開けた。何か言いかけるのを、もう一度塞ぐ。

 ツバメの懐を探ってスティレットを抜き出した。それを…渾身の力で、地面にたたき付ける。深々と突き立った姿に、思わず笑みがこぼれた。

 あたしはツバメを抱きしめる。体温を移すみたいにぴったりくっついて、じれったくてコートも脱ぎ捨てて。


 ―あたしはツバメを赦さない。一人で楽になるなんて赦さない。あたしの幸せを壊したツバメ、責任を取ってもらう。赦さない、ツバメ。地獄の果てまで一緒…

 愛の言葉のような、呪詛の言葉を耳元で囁いて、あたしはツバメを見つめた。

 ―肯定以外の返事はいらないから。

 ツバメが弱々しく苦笑した。

 それで、充分だった。


†††


 ツバメの手を握って、きっとあたしは、このあまり綺麗じゃない街を生きていく。

 例え、あたしたちにあしたがなくても。

 例え、コワレテルと軽蔑されても。

 例え、太陽の下で笑えなくても。

 この手をあたしは絶対に離さない。絶対に赦さない。

 真っ当な幸せなんて、求めないわ―!


†††


 あたしの話は、これで終わり。

 どう?びっくりしたかしら?

 この先どうなるかなんて、あたしにもわからないけど。

 でも、またあんたと話せると嬉しい。

 じゃあね、お元気で。



 そういって、そのかわいらしい少女は去って行った。

 無骨な靴で、しっかりと地面を踏み締めて。