「…仕方ないわね、…待って、今、安倍邸に使いを出すわ」

 渋々、というにふさわしい調子で、超子が言う。

 そこで、ふとりいは、出かける前のやり取りを思い出した。

 そういえば、晴明は今日、いないのである。

「あ。あの…本日、晴明は外出しておりまして」

「え?なあに、出仕?」

「いえ…少し調べものを」

 超子に答えながら、りいの脳裏に閃いたことがあった。


「…超子様、ではこうしましょう」

 りいはにっこりと微笑んで告げた。

「私が晴明を探して参ります。藤原家の方では晴明がどこにいるかわからないでしょうから」

(そうだ、これで晴明が何をしているのかもわかるだろう。無茶をしていれば止められるし…)

 我ながら、いい考えと思えた。

 超子の使いなら、晴明にも文句はないだろう。

 いや、文句はあるだろうが、とにかく口実としては申し分ない。

「えっ…そう、ね。では、お願いしてもいいかしら」

 りいの輝かんばかりの笑顔。超子は軽く動揺しながらも、了承した。

 その時である。


「お…ねえさま…」


 それまでおとなしく会話を見守っていた詮子が、小さな声で超子を呼んだ。

 そのあどけない顔が、恐怖に歪んでいた。

「…!どうしたの、詮子!」

 超子が悲鳴をあげて駆けよる。

 詮子は、超子にひしとしがみついた。

「おねえさま…、怖い、です…。近くに、なにか、いるんですの…!」