「利花の君!」

 りいが藤原邸に通されると、ほどなくして超子がやって来た。

 高位貴族の姫君が身分も確かでないりいの前に顔を出すなどと、常識では考えられないが、この姫君に常識が当て嵌まらないのはりいもよく知っているのでそれ以上は考えない。

 りいを見た途端ぱっと華やかな笑顔を浮かべた超子は、実にかわいらしかった。

 こう見えてかわいいものが好きなりいは、思わず頬を緩める。

 …晴明がここにいれば、「またたらしこんでる」と評するであろう、柔らかな笑みである。

「お呼びにあずかり光栄です。今日はどのような御用でしょう?」

 りいが問うと、超子はさも心外そうに眉をあげた。

「あら、用がなくては呼んではいけない?」

「…はい?」

 かわいらしく拗ねた表情の超子に、なにがなんだか理解できず固まるりいであった。


「…っていうのは、まあともかくとして。見ていただきたいものがあるのよ」

 ひたすらまばたきを繰り返すりいを見て、超子は話題を変えた。

「私に…ですか」

「ええ。ただし…」

 超子はそこで笑顔を消した。

「お願いよ、他の人には言わないで。約束してくださる?」

「ええ…はい」

 超子の真剣な雰囲気に呑まれて、りいも頷くことしかできない。


「…では、ついてきてくださいな」

 そう言うと、超子は立ち上がり、歩き出した。

 りいも後に続く。

 超子は、どんどんと邸の奥に進んでいくようである。

(こんな内部に、私などが入りこんではまずいのではないか…?)

 一抹の不安を抱えつつも、りいはただ、前を行く超子を追いかけた。