晴明が返事をすると、すぐに真鯉が小走りにやってきた。

「主様、門にどなたか…」

「…え、誰?うち、妖怪屋敷で有名なのに物好きもいたもんだね」

 晴明は驚いたというより呆れたに近い表情。

 先程までの重い空気を感じさせない、いつもの口調である。


(妖怪屋敷ってなんだ…)

 りいは内心激しく疑問を持つが、とりあえずは黙って成り行きを見守る。

「それが…」

 晴明の問いに、真鯉が困惑を見せた。

「とても立派な身なりの方で、かなりの良家からの使い…とは、思うのですが…なにぶん、わたくしどもは常人の目には写りませんので…」

「ああ、話できないもんね。俺が行ってくるよ」

 りいは藤影のよりしろを持ち歩き、実体化することも多いのだが、晴明はどうも面倒がる傾向がある。

 今回も、真鯉を実体化するより自分で行くほうを選んだようだ。

 躊躇う様子もなく、スタスタと表に向かう。


 しばらくして戻ってきた晴明は、面白そうな顔と呆れた顔が絶妙に混じり合った表情をしていた。

「りいを呼んでる」

「私か!?」

 まさか自分には矛先が向くまいと油断していたりいは頓狂な声を上げた。

「なんで、そんな立派そうな方に私が呼ばれる!?」

「超子様」

 晴明はひとことに告げた。

「な、なるほど…」

 さすがにりいも納得。

「いや、本気で気に入られたねえ。さっきりいを藤原家の使用人にくれないかとも言われたし。一応断ったけど」

「それはどうも…」

 りいは渇いた笑いを漏らすしかない。

 ただ女子だと言い損ねていただけで、なんだかひどく大事になってしまった。

(どうしよう…)

「で、お迎えまでよこされちゃ仕方ないから行ってきなよ」

 悩むりいに、晴明が朗らかな声をかけた。

「…お前、楽しんでいるだろう」

「うん、まあ」

 無駄に素直な返事がかえってくる。

 だが確かに、藤原家より大分格下の安倍家の、それも居候という身分で断るなど無礼もいいところである。

「…わかった。行くが…」

 ため息をついて晴明を睨みつけた。

「はいはい、わかったって」

 にこにこと手を振る晴明に背を向け、りいは安倍邸をあとにした。