安倍邸に戻った二人を待ち受けていたのは真鯉の悲鳴だった。

 久々に帰った主人がボロボロでは無理もないことである。

 こうなることは予想がついていたので、晴明とりいは顔を見合わせてため息をついた。

 そんな二人をよそに、真鯉はばたばたと薬草を用意し始める。

「あのね、真鯉。足だけだから。たいしたことないよ」

 晴明が声をかけるも、

「まあ、何をおっしゃるのです!」

 真鯉はまったく取り合わない。

「ほら、こんなに腫れて!」

「うわっ」

 思わず声を漏らしたのは、りいである。

 真鯉が彼女にしてはいささか乱暴な手つきで捲りあげた袴の下の脚は、紫色に腫れあがっていた。

「お前、一体どうしたんだ、それは!」

 しかし当の晴明はどこ吹く風。

「…二人とも、大袈裟なんだよ。一晩寝れば治るって」

「治るか!並の人間なら数日は寝込むわっ!!」

 りいが吠えた。ごく真っ当な意見である。

 だが、晴明は悠然と笑った。

「俺をそこらの人間と一緒にしないでくれる?こう見えても天才って呼ばれてるんだよ」

 りいは術にさほど精通しているわけではないが、それにしてもこんな怪我がさっさと治るような術があっただろうか?

 首を傾げるりいの前で晴明がうめいた。

「……真鯉、この薬草臭い」

 どうも最後が締まらないぼやきを、真鯉がぴしゃりと突っぱねる。

「自業自得と申しますわ」


「…晴明?久しぶりに帰ってきたのか」

 さすがにうるさかったのか、奥から保名が顔を覗かせた。

「りい君も。おかえり」

 ちなみに、見鬼の才のない保名には真鯉の姿は見えていない。包帯と薬草が勝手に動いているように見えているはずだが、そこは保名とて慣れたものである。

「は。ただいま戻りました」

「そう畏まらなくていいから。…おや、晴明は怪我をしたのかい、珍しい」

 保名は晴明の足を見ても平然としている。もとより晴明の親だけあって悠々とした性格ではあるが…

 訝しむりいに、保名はのんびりと笑顔を見せた。

「この子は母親似でね、ものすごく体が強いから、心配しなくていいよ」

「はあ…」

(そういうものか…?)