晴明がすたすたと歩いていく。りいは追い縋った。

 果たして、庭には壮年の男性が立っていた。

 痩せた体躯に、擦り切れた墨染の衣。どこか人を食ったような笑みを浮かべていた。

 見間違えようもない。

 りいの主人、蘆屋道満(あしやのどうまん)だ。


「道満殿、お久しぶりです」

「おう、元気にしてたかい」

 丁寧に会釈する晴明に、腕を上げて笑う道満。

 意外に仲は良さそうだ。

「お待ち下さい、今仕度してきます」

「ああ、待った」

 席を外そうとした晴明を道満が引き止めた。


「今日は術比べに来たんじゃねえんだ。…いやまあ術比べもしてくが」

「…はあ」

 晴明が拍子抜けした表情をする。

「あのなあ…ガキを一人預かってほしいんだ。俺の供なんだが」


 それは…ひょっとしなくても自分のことか!

「道満様ッ!?」

 りいは怒鳴った。

「何を考えておいでです!?私を置いて何をなさるおつもりですか!」

 はあはあと息を荒げる。今にも道満に飛びかかりそうなりいを、晴明が抑えた。

 道満は初めてりいに気付いたようだ。ぎょっと目を剥く。

「り、利花じゃねえか!!なんでここに!」

「そんなことはどうでもよろしい!…ええい、離せ晴明!」

「いやいや落ち着こうよ、ほらどうどうどう」

「私は馬ではないッ」


 道満はしばし、じたばた暴れるりいと必死にそれを止める晴明を眺めていたが、やがてぽんと手を打った。

「お前ら知り合いなら話も早えな。じゃあまあこいつを預かってくれよ。よく働くし寝る場所も庭の隅でかまわんから」

 まるで犬か何かのような扱いである。

「道満様ー!!」

 安倍邸にりいの怒号が響き渡った。