夜も半ばを過ぎてから、陰陽寮に戻った――という言い方は何かおかしいが、実質そうである――晴明を出迎えたのは保憲だった。

「…もういいのか?」

「ええ」

 簡潔な問いに、簡潔に答える。

「しかし…お前が、本性をあらわにするのは久々だろう。それほどに友人が心配なら…」

「兄さん」

 晴明がやや強い声で遮る。

「ああ…すまぬな。しかし…」

 思案げに眉を寄せる彼に対し、晴明はいつもの悠然とした笑みを浮かべてみせた。

「また、保憲兄さんは優しすぎるんですって。俺がいなきゃ困るくせにー」

 その軽口に、保憲はあきらめたように息をつく。


「それに…」

 晴明の口調が一転、再び鋭さを帯びた。

「問題がややこしくなってきましたから」

「何かわかったのか?」

 頷く晴明の瞳に冗談の色はない。

「…話を聞かせてくれ。場所を変えよう」

 保憲も先程までの気遣いの表情を消した。


 廊を移動しながら、おもむろに保憲が口を開いた。

「…余計なこととは思うが」

「…はい?」

「お前の、<あのこと>…あの子は…」

 晴明は前を行く保憲の背から、目を逸らした。

「いつかは、言わなければとは、思ってます」

 保憲は歩みを止めない。

「…まだそこまでは信用できぬか」

「いえ」

 否定の声は強い。

「あんなに真っ直ぐな子はほかにいない。…だからこそ、こわい」

 保憲の返事は…小さな笑い声だった。

「…なんです、兄さん、自分から聞いておいて」

「すまぬ。…いや、お前もずいぶん人の子らしくなったものだと思ってな…兄代わりとしては嬉しいぞ」

 晴明は複雑な表情を浮かべた。

「まあ、余計なことついでに…私で良ければ話くらいは聞いてやるからな」

 晴明の表情はますます複雑なものになる。

「…兄さんって人心の機微に疎そうじゃないですか」

 照れ隠しの憎まれ口に、保憲は珍しいことに大笑する。

「お前より友人は多いぞ」

 晴明は口をつぐむしかなかった。