「それなら、こうしてはおれぬ。早く警戒を…」

 りいは立ち上がろうとする。

 だが、みなまで言わせず晴明が首を振った。

「無理だよ。貴族が何人いると思ってるの」

「なら陰陽寮にっ」

「…うん。陰陽頭(おんみょうのかみ)様に言って、警戒を強めてはもらうつもり」

 頷く晴明。だが、すぐに付け加える。

「だけど、とにかくりいは駄目だからね。治るものも治らないよ」

「…っ」

「いくらかたきでも。右腕が使い物にならないのに戦ったりしたら今度こそ命はないよ」

「…」

 心を読まれたかのように、先回りして封じ込められては、何も言えない。

 憮然としてりいは黙り込む。


「…般若(はんにゃ)みたいな顔」

 いつの間にか険しい顔になっていたりいの頬を晴明がつつく。

「…もともとだっ」

 自分は深刻なのに茶化された気がして、りいはそっぽを向くが。

「単純ー」

「お前、喧嘩を売っているのか!」

 途端に飛んできた晴明の声に、勢いよく振り向いて…穏やかな微笑に出会った。

「…なんだ」

 予想外の表情に落ち着かない心地になる。

「思いつめてるよりそっちのがずっといいよ」

「…」

「治ったら、手伝うから。今は休んで。ね?」

 その声音はいたわりにあふれている。

 りいはしぶしぶ頷いた。


「話は済んだ?疲れただろうからちょっと寝なよ。…松汰、りいを頼むよ」

「任せて、お兄」

 それまで黙って成り行きを見ていた松汰が元気よく答える。

「ほら、横になって」

 晴明に肩を押されるままりいが横たわると、すかさず松汰が上掛けをかぶせた。

 そのまま二人と藤影は眠れ、といわんばかりの視線を投げかけてくる。

 りいは仕方なく目を閉じた。

 どうやら本当に疲れていたようで、情けないほどすぐに眠気がやってきた。

 枕元で何か話しているのが聞こえた気がしたが、それを確かめる気力もなく、りいは眠りに落ちた。