りいは俯いて顔を歪めた。

 刀が指から滑り落ちる。

「…降参か?」

 万尋が意外そうに問う。

 りいは黙り込んだまま肩を震わせた。


 ややあって、りいの唇が小さく動く。

「なんだと?」

 りいの武器を奪った気安さからか、万尋は無防備にりいに近づく。

「…馬鹿に、するなッ!」

 その途端、りいが動いた。

 速い、だが重い、全身のばねを活かした拳撃。

 その拳には、符が握りこまれている。

 先程抜いたはいいものの、使う機会がなくずっと握っていた符を、この瞬間発動させたのだ。

「かッ…は…」

 さすがに万尋もこれにはたまらず、膝をついた。

「…さあ、これで形勢逆転だ」

 りいは静かに告げ、なおも数枚の符を構えた。

「方術だけが戦う方法ではない。だが体術だけが戦う方法でもない。見誤ったな」


 万尋が憎々しげに呻く。

「…っ、この…!」

「!?」

 ざわ、と、空気が変わった。

 比喩でもなんでもなく、本当に空気が変わったのだ。

 万尋の赤い瞳が爛々と光る。

 溢れ出す妖気は、息も吸えないほど。

 りいの背筋が総毛立つ。

「な、何だ…」


「…やめておいたほうがいい」

 唐突に、思わぬ方向から思わぬ声がした。

「晴明っ!?」

 りいは驚いて声をあげる。

 本来なら勤務中のはずの晴明が、橋の上から見下ろしていた。

 まさかりいが先刻あまりに晴明の名を念じたから現れたなどということは…


 混乱するりいの前に、晴明が飛び降りてきた。

「…あのね。まだ明るいうちからこんな派手にやったら嫌でも気付くって」

 どうしてどうしてと考え続けるりいの心を読んだかのように呟くと、晴明は万尋に向き直った。

「帰ってくれます?…このままじゃ貴方あやかしの力に呑まれて鬼になりますよ」

 万尋は答えない。ぎらつく目で晴明を睨みつける。

「それとも、…俺に成敗されますか。立場上見過ごせませんから」