ぶわり、と万尋から気が膨れ上がる。

 りいは、必死で恐怖心を抑えた。

 強すぎる力の前に恐怖するのは生命維持の本能によるもので、抑えようと思って抑えられるものでもないが、だが恐怖を抱えたままでは満足に戦えない。

(…晴明の、あのでたらめな呪力に比べればこのくらいっ…)

 唇を噛み締め、ついでに万尋の赤い瞳より余程あやかしじみたあの美貌を思い浮かべる。

 すると意外なほど心が落ち着いてきて、自分の単純さに少し呆れた。

(そうだ晴明のほうが恐ろしい、恐ろしいとも) 

 心中で何かの呪文のように晴明晴明と唱えながら、りいは懐から符を抜いた。


 先に動いたのは万尋だった。

 素早く刀印を結ぶ。

 その指先から塊のようになった気が撃ち出された。

 りいは素早く身をかわす。

 だが、その間に万尋は符を飛ばしていた。

 体勢を崩したまま、なんとか刀で斬り払うが、形勢は完全に不利だ。

 万尋の身のこなし、術、どちらもそれ自体大したものではないが、妖力の強さのせいで、攻撃が重い。

 とにかく体勢を立て直そうと、早口に呪文を唱えて結界を張る。

 しかし、万尋はにやりと笑うと、再び刀印を結んだ。

「方術で俺に勝てるわけねえんだよ!」

「…っ!」

 結界など存在しないかのようにあっさりと破られ、万尋の気の弾丸がりいの肩を貫いた。

 狩衣が破れ、血が滲む。

 痛みに息を荒くしながら、りいは刀を構え直した。

「…はあああっ!」

 裂帛の気合いとともに、至近距離の万尋に向けて刀を降り抜いた。

 …はずだった。

「なにっ…」

 刀はぴくりとも動かない。

 良く見れば、刀身には幾重にも細い糸のような気が絡み付いていた。

 その糸は万尋に繋がっている。

 りいが痛みに気を逸らした時に術をかけたのだろう。

「…さあ、どうするよ、利花」

 万尋が勝利を確信したように笑う。