「…松汰。その手をどけるんだ」

「だめだよ…真鯉お姉に叱られちゃうよ」

「松汰」

「嫌だってばあ!これはおいらの仕事なの!」


 びりっ。


 冗談のような音とともに、雑巾が裂けた。

 その片端を握っていた松汰は勢いよく尻餅をつき、もう片端を握っていたりいも数歩たたらを踏んだ。

「あーっ!!」

「す、すまない松汰、大丈夫か?」

「雑巾がー!もうっ、絶対真鯉お姉かんかんだよー!」

「すまぬ、私のせいだ…」


 昼下がりの安倍邸である。

 りいが成り行きで藤原邸に連れられて行ってから数日。

 その間とくに何事もなく、従っていつものようにりいは暇を持て余していた。

 そしていつものように仕事を求めて、掃除担当の松汰と「私がやる」「おいらの仕事」と雑巾を奪いあっていた次第である。


「ううん、おいらもむきになってごめん」

「いや、松汰は悪くないよ…それにしても力が強いんだな」

 松汰の見かけは幼い童子。

 だが、雑巾を引く力は、体術を得意とするりいに劣らなかった。

 何せ雑巾を引き裂く力だ。

「へへ、精霊だからね。まあ精霊の中じゃおいらまだまだ弱いほうだけど」

 松汰が得意げに笑う。


「そうだ、真鯉お姉に謝らなきゃね。…ねえ、一緒に来てもらってもいい?」

「ああ、もちろん」

「真鯉お姉怒ったら怖いんだよー。覚悟してよりいお姉」

 穏和な真鯉が怒ったところなど想像もつかない。

 りいは首を傾げた。