「へえ…ご主人様に捨てられたんだ」

「いや、捨てられてないから。納得顔で妙なこと言うんじゃない」


 結局、少年にはすべて話した。別に隠すようなことでもないし、疑われるのも得策でない。


「…よくあるんだ、あの方がふらっといなくなること」

「よく…っていうほど旅を続けてるの」

「もう何年にもなる。私の一族は流れの法師なんだ。あの方は一族の頭でな。…ああ、また逃がしたなんて仲間に知れたら…」

 自分のしっかりした性格を買われて供につけられたのに。

「…もしかしてそれ道満殿?」

 少年が驚き顔になった。

「知ってるのか」

「そりゃあ、なんていうか、もう。…道満殿から安倍晴明(あべのせいめい)って聞いたことない?」

 …そういえば。京にえらく腕の立つ若いのがいると言っていたような。

「…今回こそ安倍の若造にぎゃふんと言わせてやるとか言っていなくなったな、昨日。まったく、術比べが大好きで…」

「俺さ」

「うん?」

 少年がぼやきを遮った。

「晴明っていうんだ」

「…は?」

 理解が追いつかない。何を言いたいんだこいつは。

 少年は困ったように笑って、

「俺、安倍晴明。よろしく、でいいのかな?」


 安倍の若造。晴明。目の前の、どうみても自分と年の変わらない少年。

「若すぎるだろ…っ」

 思わず呻いた。

 たしかに腕は立つようだけれど…


「ねえ、そういえば君はなんていうの?」

 ふいに少年が聞いてきた。

「私か?」

「うん。まだ聞いてなかったから」

「私は…利花(りか)という」

「へえ…なんか、可愛い名前だね?」

 慣れきっているその反応に顔をしかめた。

「ああ、ごめん。じゃあ…りいって呼んでいい?」

 そちらのほうがかわいらしい気もするが、目くじら立てることでもない。素直に頷いた。