「どうかしました?」

 晴明が振り向く。

「いや、…実は、藤原様からお呼びがかかってな」

「うわ」

 保憲は、露骨に顔をしかめた晴明をたしなめた。

「仕事だ、面倒がるな」

「…どうもあそこは苦手です」


 そのやり取りを聞きながら、りいは首を傾げる。

 確か、安倍邸の隣の邸宅の主も藤原様とか言った。

 同じ名前の貴族もたくさんいると聞くから、断言はできないが。


「とにかく、待たせるわけにはいかん。行くぞ」

「あ、ちょっと待ってください…」

 晴明が保憲に断りを入れ、りいに向き直った。

「私は構わぬから行け。またな」

 りいは頷いて帰ろうとするが…晴明はそれを許さない。

「…なんだ、まだ何かあるのか」

 晴明はそれに答えずに、

「…保憲兄さん」

 とんでもないことを言い出した。

「この子も連れていきます。いいでしょう?」

「おい、ちょっとっ…」

 りいは抗議の声を上げた。

「…さすがに部外者は巻き込めん」

 保憲も渋い顔をする。そうだ、もっと言ってやれ…と、りいは心中で喝采をあげた。

 だが、晴明は意に介さないというふうに笑う。

「部外者も何も…自分から首を突っ込んで巻き込まれ済みですし。大丈夫、こう見えて術師ですから」

 実は怒っていたのか、どこか言葉に刺がある、気がする。

「ままま待て!私などが貴族殿の屋敷に上がり込めるわけがないだろう!」

「…だめなら俺あんなとこ行きませんから」

 晴明がぼそりと呟く。

「…まあ人手不足だからな。いいだろう」

 保憲はあっさりと掌を返した。

 すまなそうにりいに目配せする。

 晴明は余裕の笑みを浮かべていた。

(…こいつ…)

 りいは頭が痛くなってきた。