いくたびも頬をつつかれる刺激に、意識が浮上する。

 ゆるゆると目を開くと、うっすら白んだ空が見えた。

 藤影がほっとしたように身を寄せた。

(…生きて、いる?)

 少し遅れて、やっと気付く。

 あの時、もう命はないものと覚悟したのに。

「…私はどうしたんだ」

 思わず呟くと、藤影が柔らかく鳴いた。

「…妖狐と猿が戦って…行ってしまった?」

 頷く藤影。

 どういうことだ?

 状況から見て、妖狐が猿を追っていたのかもしれない。そこにりいが割り込んだ形なのか。

 だが、それなら何故妖狐は猿を追いかけていたのか。


 考えれば考えるほどわからない。りいは思考を中断して起き上がった。

 途端に体中に痛みが走る。

 漏れそうになる呻きを抑えながら、ひとつだけ確信する。

 …すくなくとも昨日の出来事は夢ではなかった。


 あたりを見ると、自分はどうやら朱雀大路に倒れていたようだ。

 まだ早朝である。通る人こそ少ないものの、ちらちらとりいに好奇の視線が投げかけられた。

 じきに明けきってしまう。その前に帰らねば。

 りいはなんとか立ち上がり、土埃を払った。


 安倍邸の門をくぐると、松汰が驚いたように駆け寄ってきた。

「あれー、りいお姉どうしたの?」

 まだ眠そうだ。精霊がどれほど睡眠を必要としているかはわからないが。

「えらく早いね?おいらも起きたばっかだよー」

「…散歩に」

 馬鹿正直にあやかしと戦っていた、などと言ったらまた心配させてしまう。

 松汰は納得いかないように眉を寄せた。

「ならさあ、なんでそんなに汚れてるの?…なんか、陰の気みたいなのまでついてるし。あ、それと…」

 分析し始める松汰から、慌てて身をひいた。

「こ、転んだんだ!間抜けな話だな!」

 ごまかすように笑って見せる。

 当然ながらそれが通用するはずもなく、松汰は口をへの字にした。目は半眼だ。

「…りいお姉、体術得意じゃない。転んだくらいで…」

「いや、うっかりしたんだ。ところで今朝の朝餉はなんだろうな?真鯉殿に呼ばれないうちに着替えてくるよ」