「な…んだと…」

 妖狐からは、猿のあやかしとは比べものにならないくらいの強い力を感じた。

 立ち姿から、どこか気品のようなものまで漂っている。

 …間違いない、高位のあやかしだ。

 だが、何故都のど真ん中にいるのか。人に式として使役されるような、それを許すようなあやかしではないだろう。ぬしとして山奥にでも暮らすほうが似合いそうだ。

 りいはごくりと唾を呑んだ。

 真っ向から勝負しては到底敵わない。…どう戦うか。


 そのとき、藤影が鋭い鳴き声をあげた。

 りいははっとする。

 戦闘中に気を逸らすなど、あるまじき行為であった。

 りいの隙を見てか、猿のあやかしは再び攻勢に転じようとしていた。

 前には猿のあやかし。背後には妖狐。

 絶体絶命である。

 のんびり考えている暇はない。

 りいは大急ぎで印を結んだ。

 とにかく、結界だ。それにしてもいつまで持つかわからないが、生身で二体同時に相手はできない。

 …しかし、間に合わない。

 猿のあやかしが口を開いた。黒い霧のような瘴気が流れ出す。

 とっさに藤影が飛び出した。

 器用に風を操って、りいから瘴気を遠ざける。

 心の中で藤影に感謝しながら、りいは印を結び終えた。

 最後の刀印を打ち込む瞬間…背中に衝撃が走った。

(妖狐…)

 これまでおとなしかったのは、りいの隙を伺っていたからかもしれない。

 一瞬とはいえ確かに注意が猿に引き付けられていた。

 りいは地面にたたき付けられた。

 したたかに背中を打ち付け、肺の中の空気がすべて吐き出される。

(…すまぬ、藤影…)

 ただそれだけを思いながら、りいの視界は暗転した。

 薄れゆく意識のなか、最後に見上げたのは気高く立つ妖狐。

(…私のような若輩に、背後から奇襲なぞ…するあやかしには見えなんだがな…)