晴明は去っていくりいの後ろ姿を見つめていた。

 その表情は険しい。

「―晴明」

 背後から声がかかる。

 呼んだのは、先程会話していた若い陰陽師だった。

 名を、賀茂保憲(かものやすのり)という。

 晴明の兄弟子でもあり、師のような存在でもあり、晴明は彼を兄とも慕っている。

 実直な性格で、実力も高く、この若さにしてすでに陰陽寮では一目置かれていた。

 だが、今はその顔色は冴えない。

「保憲兄さん。…少しお休みになって下さいとさっき」

 晴明は大仰に眉を寄せた。保憲がもうしばらく眠っていないことを知っているのだ。

 保憲は苦笑いしながら首を振った。

「いや、こんなときに私ばかり休んではいられん。お前だって眠っていないだろうに」

「…俺は平気です。で、どうかしました?」

「どうだったのかと思ってな」

 それは些か簡潔すぎる問い掛けだったが、晴明は正しく理解した。

 ふっと息を吐く。

「…逢っていましたよ。本人は気付いていないようですが」

「帰していいのか?」

「ええ、まあしばらくは大丈夫でしょう」

「…そう言いながら、なんだその顔は」

 保憲は自らの眉間を指して見せた。晴明はそれにつられて手をやって、初めて自分が眉間に皺を寄せていることに気づいた。―いけない、りいじゃないんだから、などと、りい本人が聞いたら怒りそうなことを考える。

「そりゃあ、心配ですよ。だけど根本をさっさと叩かないといけないんですから」

 晴明が拗ねたような声音になる。彼には珍しい年相応の表情に、保憲はつい顔を綻ばせた。

「…何笑ってるんです」

 保憲の微笑みに、晴明はますます不機嫌になった。

「お前がそんなに人間にこだわるのは久々だな」

 保憲の、どこか面白がるような言葉。

「大事にしろ、その友達」