真鯉は魚の精霊だけあって最初こそ藤影に怯えたものの、すぐに打ち解けた。

 藤影も安倍邸の式神達に歓迎されたようだし、りいは一安心である。


 時刻は夜。

 そろそろ寝よう、という時間帯だ。

 床の支度をしながら気付いた。

 ――結局、女子(おなご)だと告げていない。

 別に切羽詰まったことでもないが、時間が経てば経つほど言い出しにくくなりそうだ。

 だがどう告げればいいのだろう?

 突然、『私は女なんだ』というのも…

 いっそ開き直って男子(おのこ)のふりをしていくか、とも思う。

(明日。明日だ)

 りいが首を振って問題を棚上げしたとき。


「りい、まだ起きてる?」

 晴明の声がした。

 りいは慌てて一度脱いだ狩衣をひっかける。

「あ、ああ。何か用だろうか」

「入っていい?」

 入口の衝立をよけて入ってきた晴明は、腕に何やら色とりどりの布を抱えていた。

「俺のお下がりで悪いけど、よかったら着てよ」

 仕立のいい狩衣や指貫(さしぬき)、括袴(くくりばかま)などである。色も鮮やかだ。

 晴明にはそりゃあ似合っているが、貧乏庶民のりいは気後れしてしまう。

「えっ…いや、こんなにたくさん」

「背が伸びて、丈が合わなくなったやつなんだ、それ」

 確かに、晴明の身長はりいより何寸か高い。

 りいとて低いほうではないが、少し悔しい。

 りいの複雑な表情に気付いたか、晴明がふわりと笑う。

「りい、その墨染一枚しか持ってないでしょ?もったいないよ」

「…何が?」

「折角綺麗なのに」

「…お前に言われても嬉しくない」

 りいは憮然と呟いた。

 藤の直衣を着こなし、艶のある髪を一つに束ねた晴明は、なんというか、ものすごく見目麗しい。

 男相手に麗しいも何もないが、そうとしか形容できないのである。