「仔狐はまだ気付いていないようだがねえ」

 と、天一は前置きをする。

 りいはごくりと唾を呑んだ。

「貴女のからだからは道摩のにおいがする」

「…は?それは…たしかに私は道摩の者ですが…」

 道摩のにおい、などはよくわからないが、して当然なのではないか。りいは、肩透かしを食らった気がして首をかしげた。

 だが天一は視線でりいを制し、すっと身を乗り出した。

「そうではない。一族であるとか、そういうことではないのだ。貴女からは道摩の秘術のにおいがするんだよ…」

「え…」

 宝玉のような紫の瞳が至近距離でりいをとらえた。その瞳が熱を含んで輝く。

 りいは魅入られたように動けない。ただ天一を見つめるだけだ。

 耳元で、天一がすん、と鼻を鳴らした。



「…ああ、良いにおいだ。隠されてはいるが…あの万尋とかいう若者よりずっと濃い」



「…っ!?」

 りいはぎょっとして、弾かれたように身を引いた。

 ひゅっと喉が鳴る。

「て…天一殿!?それはっ…しかし、私は禁術のことなど!」

 万尋の名を出された。ということは、まず間違いなく、天一は道摩の禁術のことを指している。

 だが…幼い頃に里を離れたりいは、禁術のことなど知るはずがない。関わっているわけがないのだ。

 色を失うりいに対し、天一はいまだどこか恍惚とした表情で微笑んで見せた。

「わたしは感じたままを言ったまで。貴女の事情はわからぬがねえ」