確かに疲れてはいたのだが、もう完全に朝が来てしまうとなかなか眠る気にもならない。内裏の中も徐々に人が行き来しはじめた。

 それでも、ただぼうっとしているよりはましだろうと、壁にもたれて丸くなってみる。

 だが、結果として、りいに眠りは訪れることはなかった。


 目を閉じて数秒もしないうちに、何者かの声がしたのだ。

「…入りますよ」

「…はい?」

 りいは慌てて起き上がる。

 陰陽寮の端の部屋に用があるものなどそうはいないと思っていたが、誰だろうか。もしかすると、部外者のりいしかいない今の状況はまずいのではないか。

 手早く髪や衣装を整えていると、音もなく入ってくる者がある。

 ちらりとそちらを見て、りいは呼吸も止まるかと思った。

 目を大きく見開いて口をぱくぱくさせるりいを見るや、すかさず、相手はりいの口に手を当てる。

「静かに。なんのためにわたしが気配まで消したと思っているんだえ」

 言葉とは裏腹に、りいの反応を楽しんでさえいるかのようにくすくすと笑う。ゆるく波打つ銀髪が流れた。

(…て、て、天一殿ぉー!?)

 やってきたのは、唐風の衣に身を包んだ、浅黒い肌の麗人であった。
  

 天一は、りいが多少驚きから立ち直ったのを確認して、掌を離す。

「…どうして、貴方がここに?」

 息を整えつつやっとのことで聞くと、天一は艶やかな微笑を浮かべた。
 
「なに…仔狐がいては話しづらいこともあるからねえ」

「晴明に聞かせづらい話…?それは…」

 眉をひそめるりいの唇を、天一は人差し指でそっとふさぎ、首をふった。

 晴明以上に、いちいち無駄に麗しい人物だ。人扱いすべきかはわからないが。

「時間はあまりないのですよ…とにかく、まずは聞いておくれ」