「ああ、やっぱり…」

 晴明が頷く。

 ところかわって、陰陽寮である。

 時刻は朝。

 長い夜回りから戻った二人は、白湯を飲みながら休憩をとっていた。

 りいから超子の言葉を聞いた晴明は、ふっと息をついて、椀を干した。


 すっかり初夏である。

 まだこの時刻は涼しいものの、もう外は完全に明るく、外の池からは蓮の花の清々しい香りが漂ってくる。


「そういえば、りい、〈山〉ってどんなところ?」

 晴明が何気なく問う。

 りいは、少ない知識を総動員しながら答えた。

「ええと…私は幼い頃に播磨を離れているし、立ち入れないから詳しくはないが…私達の聖域だな。蘆屋の初代を祀ってある、らしい…それから、道摩と協力している烏天狗が棲むとか」

「…それなんだけど、どうしてりいは立ち入れない?」

「え…?」

 りいは、虚を突かれて問い返す。

「え…それは、私は長でもないし…女子だから…血の…穢れもあるだろうし」

 これまで当然と思い、気にしたこともなかった。

 血の穢れ、などと流石に言いづらく、何を考えているのかと晴明を見ると、晴明は首を捻っていた。

 そして、とんでもないことを口にした。

「だって…万尋さんや一碧さん、は、入ってるのに?」


 一瞬りいの思考が止まる。

「え…ええっ!?」

「だってそうだよね、りいの話からすると…」

「どういう、ことだ」

 思いもかけないことに、りいは混乱する。

 一碧は山に入っている?そんなことは初耳である。

 だがしかし、晴明の表情を見ると、一笑に伏すことはためらわれた。

「それは…」

 晴明は説明しかけて、ふと表情を変えた。

 すっと立ち上がる。

「ごめん、陰陽頭のとこに行かなきゃ。りいは少し寝てるといいよ。日が高くなるともう暑いから」


「あ、ああ…」

 釈然としないが、仕事と言われてはそれ以上追及することもできない。