超子は、屋敷の奥へと促される。

 だが、その途中でふらりとよろめいた。

「超子様!?」

 丁度近くに立っていたりいが、倒れかかってきた超子を受け止める。

 だが、超子はそのはかなげな振る舞いとは裏腹に、強い意思を秘めたまなざしをりいにむけた。

 驚くりいに、微かな声で、超子は言う。

(晴明の言うとおりよ。詮子は播磨の国の、下賤の女の娘)

「え…」

(卑しい生まれだけれど、父様がどうしてもと引き取ったの。わらわはそれだけしか知らない。でも…かわいい妹よ)

 りいはこくこくと頷くしかできない。

 超子はふっと笑みを浮かべると、体を起こした。


「なんだか、色々ありすぎて気分が悪いわ。わらわはもう休みます。誰ぞ後で薬湯を持ってきて頂戴」

 ことさらに大きな声で言う。

 大切な姫ぎみの気分が優れないと聞いて、使用人たちは慌てて動き出す。

 それ薬湯だ、温石(おんじゃく)だと動き回る彼らの間を縫って、りいは晴明に近寄った。

「…晴明」

 晴明も心得たように頷く。

「藤原様にお会いしてくる。待ってて」


 佐藤に伴われて晴明が姿を消すと、りいは廊に出た。

 家人に気を使わせるのも悪いし、落ち着かない。

(…播磨)

 つい先日もその地名を聞いたような気がする。

 何よりもそこは…道摩の本拠地ではないか。

 偶然もあるものだ。

 いや…果たして偶然だろうか?

 去っていった一碧は何を考えているのだろう。

 自分はどう振る舞うべきなのか。

 思考が千々に乱れていく。


(…いま考えても詮なきこと)

 りいは首をふり、星の消え始めた空を眺めた。

 その空を…小さな影が横切った、ような気がした。