ふいに、邸の奥が騒がしくなったかと思うと、軽い足音がこちらに向かってきた。

「姫様!?いけません、はしたのうございます!」

 女房の慌てたような声。

 それに耳を傾ける間もなく、りいの体に衝撃が走る。

 その正体は、

「と、超子様っ!?」

 駆け込むなり飛び付いてきた、超子である。

「利花の君…!ご無事だったのね…!」

 よかった、と呟き、ひしとりいに抱きつく超子。目尻には涙さえ浮かんでいた。

 いつものように何枚も重ねた錦ではなく、単衣に衵(あこめ)を羽織っただけの姿。眠っていたところを、慌てて飛び出してきたといったおもむきだ。

 考えてみれば、あやかしを追って超子の前を去ってから一日以上。さぞ心配したのであろう。

 必死で涙をこらえながら、しかしなにも言えないといった様子の超子がいじらしく、りいは彼女の髪を撫でた。

「ご心配をおかけしました」

「そ、そうよっ…心配、したわっ…」

 超子は気丈にそうのたまうが、途端に大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。

「…莫迦ぁ…」

 あとは、すすり泣きながらりいにしがみつくだけである。


 その光景を苦笑しながら見ていた晴明であったが、超子がひとしきり泣いたところで、割って入った。

「…お取り込み中申し訳ありません、超子様。妹姫様のことで、いくつか確認したいことが」

 超子はまだ軽くしゃくりあげながらも、毅然として晴明に向き直った。

「…お務め御苦労様、晴明。わらわにわかることなら答えるわ」

 横に控えていた女房から扇を受け取り、広げる。今更という感も否めないが、流石に良家の姫、というべき、気品ある立ち姿である。

 予想外に素直な態度に、晴明は意外そうな顔。超子は小さく笑う。

「わらわだって時と場合は弁えていてよ…詮子を、どうか救ってください。あの子…最近なんだか様子が…」