言い訳とはいえ、他に行くあてもないので、りいは陰陽寮の裏手の井戸へ向かった。

 水を汲み、水差しの水を替える。ついでに冷たい水を口に含んだ。

 晴明について、あまりにも多くのことを一気に知りすぎた気がする。

 後悔などはないが、その過去はなかなかに重い。自分の甘さを思い知らされる。

(…泣くな、私)

 りいが簡単に同情していい話ではない。りいは唇を噛んで、下を向いた。


「りい」

 突然、晴明の声がした。

 さく、さく、と地面を踏んで、こちらに近づいてくる音。

「なかなか戻ってこないから…見張り役がいなきゃ俺、怠け放題だよ?」

 笑みを含んだ声に顔を上げると、確かに辺りはもう暗かった。

 晴明はりいの表情を見て、少し首を傾げた。

「…少し休もうか?ずる休みじゃないよ、夕餉」

 りいは短く了承の意を示す。

(こんなに…優しい奴なのにな)

 それはときにわかりづらい優しさであったりもするが。





 部屋に戻ると、丁度、強飯と漬物、それに羮という簡素な夕餉が差し入れられた。保憲が伝えてくれたのか、二人分揃っている。

 真鯉の夕餉に比べると些か物足りないな、などと贅沢なことを考え、りいは苦笑する。先日まできちんと食事をとれることすら稀だったのに、人とは慣れる生き物である。


「…混乱してる?」

 お互い暫く箸を進めたところで、晴明が言葉を発した。

「…ああ」

 りいは素直に肯定した。

「そうだよね」

 晴明も頷く。

 しばし、また無言が続いた。