「それよりも、自分のことにお気をつけ、道摩の娘」

 突然天一から言葉を向けられて、りいは飛び上がる。

「え…」

「貴方は覚悟を決めねばなるまいねえ」

 目をしばたたくりいに向かって謎めいた呟きを落とし、天一は晴明の耳元に顔を寄せた。何事か囁く。

 途端、晴明の顔が強張った。

「それでも…構いません」

 晴明が硬い声音で言う。

 ふっ…と、天一の表情が変わった。面白がるような、満足げな、そんな表情。


「さて…わたしは伝えるべきことは伝えたよ」

 天一がさらりと衣擦れの音をさせて立ち上がる。

 晴明が無表情のままで頷いた。

「ええ…感謝します」

「礼には及ばないよ、そういう契約だからねえ…だが、我等の力を必要とするときは…」

「ご心配には及びません」

 天一の言葉を、晴明がぴしゃりと遮る。

 緊張感のあるやり取りだが、内容はまったく読み取れない。りいと保憲は先程から目を白黒させるばかりだ。

「そうあるよう、祈っているよ」

 その言葉を最後に、天一の姿が薄くなり、風に溶けた。

 息詰まるほどの神気もなくなる。りいは、知らず知らずのうちに大きく息をついた。


「今のは…式、ではないな?」

「流石に俺も、あれは使役できない。…ちょっとした知り合い、みたいなものだよ」

 りいの問いかけに、晴明はやや疲れたような苦笑を返す。

「久しぶりにあの方を見たな」

 保憲もようやく声を出した。あの空気の重さを払うように、肩を解しながら。

「…それほどにことは大きいのか」

「…さあ、どうでしょうね」

 晴明が曖昧に微笑する。

 保憲はそれ以上追及しようとはせず、小さく溜め息をついた。