「明くる日。彼は驚きました。
 
 なぜなら…

 あれほど傷だらけだった娘が、元気に起き上がってきたからです」

(え…!?)

 りいの背中がひやりとした。

 似たようなことを、りいは知っている…


 真鯉の話は続く。

「娘に乞われるまま、彼は娘を家に置きました。

 娘は明るく、気立てもよく、そして、この世のものとは思われないほど、美しい容姿をしていました。


 彼は、最初はあまりの美しさや、人とは思われぬ体の強さに恐怖を抱きましたが、やがてだんだんと娘に惹かれてゆきました。

 そして、彼は娘に、妻になって欲しいと頼みました。

 ですが、娘はその申し出を断って、ひどく泣きました。

 困ってしまった彼に、娘は告げました。

『わたしもあなたが好き。でもわたしは、あやかしなの。あなたと一緒にいてはいけない』

 娘は高貴な妖狐でしたから、妻にと望むものも多かったのです。

 意に沿わぬ縁談を、力ずくで押し付けられそうになって、逃げてきたのです。


 けれど彼は笑って首を振りました。

『きみがただの人ではないことくらい、知っていたよ。それでも、きみに傍にいてほしい』

 こうしてふたりは、夫婦(めおと)となりました。


 やがて、よく晴れた綺麗な春の日、それは綺麗な男の子が産まれました。

 妖狐の血を引く少年です。

 幼い頃から、それは高い霊力を持ち、天童と呼ばれました。


 …ですが、その才は、あまりにも…高すぎました。

 それに、美しすぎる容姿。

 少年は、嫉妬と、羨望と、奇異の目にさらされて育ちました。

 そして、少年がまだ髪も結わぬうち…母君が亡くなりました。

 娘の許嫁だった妖狐の仕返しでした。

 人にもあやかしにもなりきれず…少年は、心を閉ざしました。
 
 己の力を人前で見せるのを嫌がり、まともに接するのは、親と陰陽道の師だけ。

 本性である、妖狐の姿を見せるのは…いつぶりでしょうか」