「何!?」

 万尋が初めて狼狽を見せた。


 りいの狩衣が大きく裂けて、中の単衣が覗いていた。

 そして、首から下がった、何連もの金属製の輪。

 …りいの主だった、道満の錫杖飾りである。

 守護の術がかかっているそれを、りいは肌身離さず身につけていたのだ。

 己の手渡したものに思わぬ邪魔をされ、万尋は舌打ちをする。


 だが、その間にもうりいは万尋に詰め寄っていた。

 りいは万尋に抱きつき、もろともに川に身を投げる。


 もちろん、これで万尋を倒せるなどとは思っていない。

 時間稼ぎだからこそできる、自分の消耗を考えない戦い。

 それを続けながら、りいはひたすらに待っているのだ。


 川の中で即座にりいは立ち上がり、身構えた。

 その耳に、甲高い鳥の声が響く。

(来た…!)

 りいは安堵しながらも素早く印を結びはじめた。

 やっと立ち上がってきた万尋は、まだ反応できない。


 印を結び終わると同時に、りいは咥えていた符を投げた。

 そこに、一羽の鳥が高速で突っ込んできた。

 藤影、つまり…りいの式神が。

「急急如律令!」

 りいの叫びで、術が発動する。

 激しい閃光が充満した。

 藤影の力も借りた目眩ましの術は、万尋の視界を奪うに充分だった。



 光に呑まれ、真っ白な視界の中で、聞き慣れた声が響いた。

「りいっ、下がって!」