②和男の場合


 彼もまた祖母の弟の1人であり、以前は帰省すると必ず我が家で寝泊まりしていた。
 小さい頃は「おじさん、おじさん」とそれなりに懐いていたが、酒癖が悪く、酔うと必ず「バカ」と言って、私も人前で食べれなくなってからは食事を別室でとっていた事もあり、思春期を迎えた頃には「いらっしゃい」さえ言わなくなっていた。
 帰省は年に数回、それも毎回ぴったり一週間は泊まっていって、その間、1階トイレ横の居間は昼は居酒屋、夜は寝床と化す。期間中ほぼ自室に引きこもり状態の私は、食事を親に階段下まで運んでもらい、トイレをひたすら我慢して、車の有無とテレビの音で彼がいるかいないか判断していた。
 トイレに行けるのは1日1・2回だけ。じゃぁ、それ以外はどう処理していたかといえば、それはもう最悪で、基本的には大小・下痢問わず極限まで我慢。どうしても我慢出来ない時は、オシッコはポテトチップスの空筒に出して屋根から流し、ウンチは古新聞に出した後、ゴミ袋に密封して野焼きするまで自室に放置。野焼きが禁止になってからは、彼が去るまで最大1週間ベランダに放置する覚悟で、絵の具のパレットや水槽に脱糞した事もあった。
 そこまでして接触を避けていたのは、“人前でトイレに行くのが恥ずかしい”という理由もあるが、他にもう1つ理由がある。
 …あれは私が不登校だった頃、昼食に作ったパスタを母のために残しておいたのだが、それを和男が口にし、酔った勢いで私の部屋に怒鳴り込んで来た事があった。
 「かぁーっ、クソったれ!!マズイもん作りやがって…」
 全く同じ物を母と加代は「おいしい」とおかわりまでして食べてくれたが、私には「マズイ」の方が何倍も強烈で、それをただの酔っぱらいの暴言と受け流す事は出来なかった。
 その後も私が20才を過ぎるまで和男の帰省は続き、現在は私があまりに拒絶するので司郎宅にお世話になっているようだが、和男以外の訪問客の時も『自室糞尿処理』は相変わらず続いている。